last updated 1997/06/12
第28話(全130話)
マリカ、まぼろしを見る(1/2)
7 マリカ、まぼろしを見る
その馬はたてがみと尻尾の部分が魚の背鰭、尾鰭のようになっていた。だから正確には馬と
よべるような生き物ではない。よく見れば蹄であるはずの場所に鷹の爪に似た四本の指が伸び
、その指でがっしりと大地をつかんで走っている。鰭がついているところを見ると、どうやら
この生き物は水の中でも平気で泳げるようだ。
テオではこの生き物のことをグリフォンと呼んでいた。地球の伝説にも同じ名前の架空生物
が登場するけれど、鰭と鋭い爪を持つ馬のような生物、という点も共通している。その共通点
を深く考察してみれば、地球とテオとがどこか深い部分で共通の根っこを持っていると推察す
ることができたかもしれない。けれど、いまはまだテオと地球との関係について考えを巡らせ
る時ではない。いまはマリカが草原の外れ、森との境界に立つピートの姿を遠くからみつけて
いた、ということがたいせつだった。
「ワーター、止まれ」
マリカはワーターの首に巻いてある手綱を引いた。ワーターというのが、このグリフォンに
つけられた名だった。
ワーターはすぐに足を止め、ブルルッと鼻を鳴らした。マリカが姫という位を捨てて城を後
にしているとしても、ワーターにとってマリカはいまも姫だったし、自分の主であることに変
わりはない。ワーターはマリカにとても従順に従った。
ワーターは、そしてマリカがハッとなってみつめているものを自分も見ようとして、首を伸
ばす。ワーターはしかし、視線の先に何も見付けることはできなかった。
マリカもまたみつめていた対象を見失ったらしく、目を左右に振っている。
何かあったのですか?
ワーターはそう尋ねるように背中の上のマリカを振り返った。
「変ね、いまあそこに男の子が立っていたんだけど」
マリカは呟く。
独り言ではなくワーターへと語りかけているのだとわかる口調だ。マリカはワーターが自分
の主として敬っていることは感じていたが、自分のほうからは彼を友として扱っていた。城の
中で格式と気位の高さを周りから強要されていたマリカにとって、ワーターをはじめとする動
物たちだけが真の友だった。それらの前でだけ、彼女はひとりの女の子としての顔を見せるこ
とができた。
「見間違いかな・・・。そんなはずないんだけど。だってあたし、ちゃんと見たもん。何だか
悲しいくらい途方に暮れた顔の男の子だったわ」
それにとてもヘンテコな服を着てた。
マリカはもう一度、ピートが立っていたはずの場所に目を戻し、ワーターをそこまで走らせ
た。やはり誰かがそこに立っていた形跡はない。足跡は残ってないし、草も踏み付けられて倒
れたりはしていない。ワーターは鼻の先を草に接するほど寄せて、周辺の香りを嗅いでみてか
ら、マリカに向けて首を振った。つまりはここには誰もいた気配がないということだ。
「まぼろし?」
マリカは呟く。
形跡も残り香もない以上、あの男の子はやはり幻だったんだろう。そうとしか考えられない
。けれど、ではどうしてあたしは不思議な服を着た、途方に暮れた少年など幻視しなきゃなら
ないんだろう?
考えてみて、マリカは胸の奥でキュンと何かか疼いているのに気がついた。
ビックリした。
はじめての経験だった。
胸の奥が、見えない小人の手でギュッとつままれたみたいに痛い。こんな体験ははじめてだ
った。城の蔵書室で読んだロマンス小説の中でなら、こういう痛みのことを読んだことがある
。けれどマリカにはそういう女性らしさ、女の子らしさみたいなものにいままで無縁だった。
男性を目にして胸が痛むなんて、何だか滑稽だと思っていた。
なのに。
どうしたわけだろう?
マリカは戸惑う。幼い頃からいつかは城を継ぎ国を継ぐ者となるのだと、父からも母からも
周囲の大人たちすべてから言われ続け、マリカは知らず、自分を大きく強くみせることばかり
に心を砕いてきたようだ。年齢を越えようと無理な背伸びを続けてきた。転んで泣くと「姫と
もあろうものがそれくらいのことで涙を見せてはなりません」と叱られた。転んだままの彼女
を誰も手を貸して立ち上がらせてはくれなかった。
「姫たるもの自分で立ち上がらなければなりません」
「誰の手も借りてはなりません」
「姫が泣くときがあるとすれば、それは国のため、民のために流される涙でなければなりませ
ん」
常にそう言われ続けてきた。そしてマリカはそんな周囲の声に合わせ、周囲を喜ばせること
だけを考えて、姫として、国を継ぐものとして、自分を固い鎧の中に閉じ込めて育つことにな
った。
(つづく)
Back Number
presented by son@ch-teo.com
Copyright(C)1997 FUJITSU LIMITED.
All Right Reserved.